こうぞうの活動報告

令和元年12月議会に寄せて

私が新人の時からずっと言い続けていること、それは「次世代に胸を張って渡せるまちづくり」です。今議会で質問した「機構改革」、そして「観光行政施策」も、もちろんその一環です。

日本は人口減少時代に入り、さらに極端な高齢化が進む地方都市は青息吐息の現状です。もちろん津山市も例外ではなく、住宅も商店街も空き家、空き店舗、空き地が目に見えて増えてきています。

振り返って、津山市が栄えていた頃、あるいは右肩上がりの成長を見せていた頃はどうだったのでしょうか。

市の中心部に市役所をはじめ官公庁があり、金融機関があり、商店街があり、病院があり、映画館があり、つまり歩いて行ける範囲で生活に必要な事や物がすべてまかなえたわけです。

これこそがコンパクトシティーなのではないでしょうか。

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その賑わいを生み出していたのは、中心部に住む人はもとより、同じ津山市内でも田園地域、そして周辺の郡部町村から「まちへ行く」と言って中心部へ出かけた人々でした。当時、津山市中心部は「ハレの場所」だったのです。

どこで躓いたのでしょうか。高度成長期におけるモータリゼーションへの対応の遅れ、郊外型大型店の進出、公共交通の衰退等々ですが、元をただせば社会の変化、それに伴うニーズの変化に対応できなかったことでしょう。

さて、先ほども述べましたが、空き家、空き地が増えている・・そうです、人口が減少しても変わらないのが土地面積です。このゆとりのできた土地を有効活用して津山市中心部を再設計してみたらどうでしょう。

津山市のアイデンティティである津山城址、歴史ある町割りや施設はその特徴を際立たせつつ、人と車の動線や回遊性を考慮して再構築します。緑地帯を設けた広い道路、効率的で効果的な駐車スペース、バスステーション併設のイベントが行える広場、歩いて行ける範囲で日常生活が賄える施設・店舗。そしてその全体を高齢者や障碍者に配慮した設計で。

津山市中心部を再び『ハレの場所』に。

周辺地域や、近隣町村の人々が津山市中心部を目指し、納得し、移り住もうというまちづくりです。津山市のことを知っている周辺郡部町村の人々が移り住みたいと思うまちづくりこそが必要なのです。県外や都会からの移住はその延長だと考えています。

津山市が活気あるコンパクトシティーとして甦る。「そんな夢のような話を」と言われる方が大半だと思います。そうです、夢です。私の初夢なので、お許しください。


そして、思うところある初夢でした。

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